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廃墟&近代化遺産 ブログトップ
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白石工業桑名工場跡 [廃墟&近代化遺産]




廃墟です



貯鉱タンクが鉄とコンクリート.JPG



もう見事にぶっ壊れていますが

その中でもなんとか残された残骸が

遺跡のような姿になっています。



上りたかった.JPG



ここは三重県いなべ市にある

軽微炭酸カルシウムの工場の跡です。

(セメントの事ね)


更地.JPG


魅力的な遺構が数多く残ってて

廃墟ファンには有名な場所でしたが

数年前にそのほとんどが解体されてしまった。


施設の残骸.JPG



明治に再還元法で軽微炭酸カルシウムの製造方法を

発明した後この藤原町に工場を設立して

大正10年から操業を開始。



タブン排水設備.JPG



その後需要を伸ばして事業は

大きくなっていくが機械化に伴い

昭和44年に操業を停止。



今はこうして廃墟になってしまっているが

炭酸カルシウムをナノレベルで開発した

この分野のパイオニアだったのだ。


水のタンク?.JPG


操業した年代が大正と言うこともあり

工場のほとんどが木造だったため

解体に困難な物しかもう残ってないみたいだ。



でかい.JPG


貯水槽かな?




この貯水槽の前を川が流れていて

その上流にはダムがありました。

鉱山の山から流れる滝.JPG



このダムの下までは

篠立の風穴と言う申請しないと入れないけど

観光&教育用の風穴があるので

「侵入」じゃなくても普通に行くことが出来ます。


質の良さそうな石灰石.JPG



ダムの横の岩盤を見ると

結構良質な石灰岩がむき出しになっています。


埋もれる廃墟.JPG



川から見上げた森の中に

解体を逃れた建物があります。



何の施設だろう?




周りがあまりも壊されすぎて

推理が出来ない。



とりあえずここのメインはこっち ↓

放置状態です.JPG



上部の貯鉱庫の下は

残骸の山ができています。


規格が古そう.JPG



残されたコンクリートの階段も

かなり年代を感じるよ。


屋根の部分だと思います.JPG


見えていた残骸に近寄ってみたけど

換気用のファンがあるので

工場の屋根の部分だな。



それと煙突?

排水管だと推測されます.JPG



斜面に這うように繋がった管が

蔦に覆われながら残ってるけど

排水管かな?


川に流すシステムだったのでは?.JPG




もっとじっくり見たいけど

残ってるのはこれくらいなので

調査はこれで終了。




研究所などがまだ残ってるときに

来たかったな。



廃墟ハンターの目には古城に見える.JPG



日本の建築技術を先進のナノテクノロジーで支えた

工場は岩山の一部に戻ろうとしている。

石灰岩で白一色だった一帯はこれから

緑に変わっていくのだろう。



~廃墟ハンター 響~






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八日市の掩体壕 [廃墟&近代化遺産]




滋賀県東近江市


関西地方初の掩体壕です.JPG




東名高速道路の八日市ICからほど近い

遊歩道沿いにこれはありました。



陸軍型です.JPG


「掩体壕」 (エンタイゴウと読みな)



帝国陸軍八日市飛行場の跡に残る

戦闘機を見つからないように格納していたところです。



裏ではなぜかしいたけ栽培中.JPG


この八日市飛行場にはこの有蓋掩体壕が2基あったらしく

そのうちの一基です。



すでに竹林に囲まれて半分埋もれていますが

裏側は何故か椎茸が栽培されとります。


物置とかになってないです.JPG


内部は他の掩体壕でよく見るような

農耕用の倉庫とかにもなってないらしい。


裏山の土砂が雨で蓄積された感じ.JPG



裏にある竹林から

雨水が運んできた土砂が蓄積してるので

本来の姿よりかなり低くなっています。


素材は定番の砂利練り込み.JPG



状態はさすがに年月が経ってるので

亀裂や先端部分は崩壊も見られる。


淵の方はかなり壊れています.JPG



こうして見ると

かなり山奥で探検のようにして見てるような

気がしてしまうがすぐ横は道なので

お気軽に見れるありがたい掩体壕でした。


探せばあるもんだね.JPG



とりあえず大きさはこれくらい ↓

儀式.JPG

小型機用じゃなくて中型機も入りそうな大きさだ。



今見た掩体壕は有蓋掩体壕と言われるものだけど

この飛行場には無蓋掩体壕が10基ほどあったらしい。



もう戦後に農地に変えられているので

見つけれそうにないため

残ってる有蓋掩体壕のもう一つの方も見ておきましょう。

二個目は完全に立ち入り禁止.JPG



こちらは有刺鉄線で入れないけど

すぐに陸軍型ってわかるほど全体像が見れます。


こっちのほうが崩壊が進んでる.JPG


縁の部分は崩落してなくなってるけど

これも各地で見る零式戦闘機を格納していた掩体壕より

大きく思えます。






以上、廃墟ハンター響からのレポートでした。




あ、余談ですがわたくし響は宝くじが当たったら

ガレージは掩体壕型にするって決めています。


そこでみんなを呼んでバーベキュウをするのが夢なのだ。


マイ掩体壕.jpg




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ルネサンス風小学校 [廃墟&近代化遺産]



岡山県真庭市




国道沿いにこんな小学校跡がありました。


小学校は義務教育です.JPG

[旧遷喬尋常小学校跡]




1907年(明治40年)の建てられた

擬洋風校舎です。


マークは帆船ですか?.JPG


中央のマンサート屋根には帆船みたいな絵の

校章が掲げられています。



調べると「高瀬舟」をかどったマークらしい。



植木の手入れは校長先生.JPG


それではルネサンス様式とも言われる

おしゃれな正面から

裏に回ってみましょう。


窓を割ったら職員室へ.JPG


何処の洋館でもそうなのですが

裏って表と比べて地味って言うパターンは

ここも同じみたい。



給食食べたい.JPG


ぐるっと一周して

正面に戻ったら中に入って見ましょう。




土足はダメだよ。




入り口でスリッパに履き替えないと

先生に言いつけるぞ。


ゲタ箱に手紙が入っていたことなんてありません.JPG




入ると職員室があって

そこから左右に向かって廊下が

伸びています。


職員室の前だけは歩く.JPG



公開してくれてるうえ

見学の順路の矢印も設置してるので

あり難くそれに従って奥へ


曲がり角で奇麗な先生と出会いがしらになりたい.JPG




すると廊下の突き当たりに

こんな額が掛かっていました。



小学校の思い出は遠足だけ.JPG


卒業記念の作品?



しかしこれってよ~く見たら

全部備長炭じゃない?

キャンプには贅沢な炭.JPG


さすが備前の国だぜ。


しかも菊花模様の高級品じゃまいか。




突き当たった先からは

二階に上がる階段があります。


階段は何段飛びで上がれるか競争するとこ.JPG


半螺旋を描く美しい階段だよ。



で、二階に上がると

かけっこをしたくなる長い廊下が出現。


廊下は走る場所.JPG


でも走っちゃダメです。




立たされますよ。


遅刻するとやらされた.JPG



教室に入ると

懐かしい気持ちでいっぱいになれます。



ランドセルは6年生の夏まで使いました.JPG


わたくしの世代はちょうど

近代のコンクリートの校舎に切り替わったため

木造校舎で学んだ経験はないのだけど

何故か懐かしい気分になれるのが

木造の良い所だよね。


オルガンの伴奏はよくあれで歌えたもんだ.JPG



シンプルなオルガンも懐かしい。




よく和音をリズムに乗せて弾くだけの

伴奏で歌ってたよね。



隣の教室には高級そうなオルガンがあります。


ヤマはといえばウナギを連想する大人になりました.JPG



もう、前のシンプルな奴を見ちゃった後なので

見るからに高そうなオルガンだよ。


わたくしの音楽の才能を見出す先生と出会いませんでした.JPG



流石に今のオルガンと違って

高級と言っても音源の動力は

人力みたいです。


あのレバーの意味を知りたい.JPG



やっぱり日本の楽器はヤマハだね。




そのまた隣の教室は

映画「ALWAYS 三丁目の夕日」のロケに使われた

教室です。

ろくちゃんが可愛いんだよね.JPG



戦後を舞台にした映画用なので

机はこの教室だけ一世代前の2人掛けタイプの

机でした。


この机はわたくしより先輩の世代.JPG


人の手では出せない長年使った

いい味が出ております。



小学校5年生のときは放送部に入りました.JPG



懐かしい小物を探しながらの

散策が楽しい。



体温計はお湯につけて振って調整して仮病を使います.JPG




そしてこの遷喬尋常小学校の特徴でもある

講堂へ




二階の中央に広い講堂があるんだよ。


舞台は学芸会のときに上がるくらい.JPG

ほとんどの学校は

集まる場所と言えば体育館やグラウンドだったと思うけど

ここは校舎の中にこんな広いスペースがあるのだ。



木造でこの広さの講堂を二階に造るなんて

他じゃまあり見ないかも。



その広い講堂を可能にしたのは

この洋風二重折上げ格天井 ↓

天井にボールをぶつけてはいけません.JPG



柱を無くし、かつ

強度を保つ構造になっています。



見るときは運動すわり.JPG



と、こんなステキな学校でしたが

1990年(平成2年)に移転してしまって

子供達の声が消えてしまいましたが

重要文化財としていつでも会える学校になっています。





小学生の頃に戻りたい方はココ



少年響.jpg







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奈良少年刑務所 [廃墟&近代化遺産]





それはまだ雪の残る寒い日の事でした。




ウサガッパ.jpg



高い壁と鉄の門に阻まれた場所に

廃墟ハンターが立つ。

(注:ウサギはいません)


建物に対して.JPG



奈良少年刑務所


銅版.JPG



年に一度刑務所内で製作された

物品を売る矯正展の時に入れるのですが

わたくしが訪れた時は固く閉ざされたままの日でした。



ま、何かやらかして入ろうとしても

少年じゃないから入れない場所です。


現役でこの美しさは貴重です.JPG


なので外から見れる部分はだけは

ジロジロと見回して来たよ。




見ての通り立派な近代化遺産でございます。


見学以外じゃ入りたくないよね.JPG



明治維新後、奈良奉行所牢屋から

西洋の列強の国の監獄を習って

1904年(明治41年)に建てられた刑務所です。


刑務所だと判る場所.JPG


明治の五大監獄のひとつで

出来た当初は奈良監獄と呼ばれて

1946年(昭和21年)に今の奈良少年刑務所と

改名されております。

(明治の五大監獄=千葉・金沢・奈良・長崎鹿児島)←リンクあり


美しいアーチです.JPG


一番先に目に付く表門は

赤レンガ造りのロマネスク洋式で

刑務所とは思えない重厚かつ

豪華な構です。


塔のデザインは教会建築を思わせます.JPG



左右対称の2塔からなる門の

中央には頑丈な鉄の門


神殿に入るみたいな門.JPG



入れないけど

その門からは刑務所中央の管理棟が見えます。


ここはロシアか?.JPG


見た目は積雪の効果なのか

某社会主義の国の施設に見えなくはないが

以前見た同じ五大監獄の長崎刑務所跡の

造りと同じです。

(設計者が同じ人なのだ)



刑務所には見えない.JPG


長崎刑務所跡と同じだとすると

正面のこの管理棟の裏から

放射状に棟が並んでると思うけどどーだろう?



入れるイベントの時に入って

確認してみたいな。


長崎刑務所を思い出す.JPG



中央部はこんな感じだったけど

ちょっと外周も見てみましょう。


運動場.JPG



いかにも「刑務所」的な

外観でこれまた雪の効果で映画のワンシーンを想像させて

くれるではありませんか。



出入り口.JPG


イギリス積みで組まれた赤レンガの壁が

ずっと続いてる。



もう日本じゃないみたい





つい、こんなポーズを撮ってみたくなります。

ある映画のマネ.JPG



古~い映画のワンシーンですが

わかる人は判ってくれるはず。


SHAWSHANKの空に.jpg



世界遺産に囲まれた古の都には

こんな近代化遺産も残っていた。

西洋文化で学んだ更正への扉は

罪を清算するだけじゃなく人生の再出発のスタート地点であってほしいと

廃墟ハンターは願うのであった。







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